人間力を高めたいなら10年前の自分に向かってブログを書け【アウトプットで自分も人も救う】

ブログを書き始めてから、ずっと読みたかった「20歳の自分に受けさせたい文章講義」。

Kindleでは売っていなかったので、本で買いました。ようやく読み終わりました。

文章を書く能力は、これからもっと鍛えないといけない。でも正しい文章を書くには、場数を踏みつつ繰り返し練習しないといけないので、文章の技術的な部分は今回割愛。

本を読んでブログ書く心構えについて、考察をする良いきっかけになりました。

ブログ書き始めて、そろそろ10ヵ月経ちます。

ブログ書くのは、正直しんどいです。

やらなければならない事では無いので、書くまでに相当の気合いがいる。仕事終わったら、できれば酒でも飲んでダラダラしたい。

でもブログ始めて良かったと、最近つくづく思います。

ブログ書き始めて、明らかに人間力が高まってきた感じがある。知識でも、考え方でも、行動でも。

ブログでアウトプットしたことは、自分自身の知識や知恵として身に付く。

10年前の自分を想像してブログを書けば、似たような悩みを持っている人を救える。

読者がブログを読んで行動した証として、少しのお金が貰えればそれがモチベーションになって、さらに書き続けられる。

ブログを続ければ、自分も続けて高まっていく自覚がある。知識と知恵、個々への貢献。

私自身、社会人になってから人間として成長していない、できないという閉塞感がずっと続いていた。

何か自分が成長しておらず行き詰っているという人は、是非ともブログを始めてみることをお勧めします。

高確率で状況打破できるはず。

アウトプットの重要性

アウトプットするには、情報を整理した上で、自分の意見や解釈を組み込まなければならない。

自分が得た情報を発信する作業は、翻訳作業。

翻訳作業をしながら文章を書くと、必然的に何らかの結論が出てくる。作者の解釈や結論がない文章なんて誰も読まないし、AIでも代理可能。

だから文章は、自分なりの解を得ることにつながる。

この一節は「20歳の自分に受けさせたい文章講義」の個人的なハイライト。

 

文章を書くときは、情報を考察しながら書くことが必要。文章を書いている最中、書いている情報に対する新しい解釈やアイデアが出てくる瞬間がある。

自分では考えもしなかったことが、自分の中から湧き上がってくる。

文章書きながら得られるこの感覚は、すごく面白い。

そして、その過程を経て文章でアウトプットすれば、書いた情報は自分の知識や知恵として定着する。

 

会社では、入社した後は誰しも少しずつ仕事ができるようになる。

当然仕事ではアウトプットするから、仕事の知識や知恵が自分のものとなる。

でも仕事以外の知識や知恵の向上、いわゆる人間力の高まりを感じない。今はたくさんの情報があり、欲しい情報はすぐに手に入る状況だというのに、人間的に成長した実感はあまりなかった。

この原因はネット社会の影響が大きいと私は思っている。

情報過多になって、アウトプットよりインプットに割く時間が増えてしまった。

でもみんなが知っている情報を自分だけ知らずに、取り残されてしまうような不安感から、インプットを減らすにも勇気が必要になる。

ネットの溢れかえる情報を、ただ見るだけで楽しむ。

インプットで頭が良くなったと思っているから、時間も手間もかかるアウトプットはする必要がないとの結論になる。

だから、今はアウトプットから離れてしまいがち。

山のように情報があるにもかかわらず、情報が自分のものにならない。

アウトプットしないと、情報は僕らを置き去りにしてどんどん流れていってしまう。

話の種類が増える=情報が自分に定着

私は基本おしゃべりではない。自分の話も、多くはしないです。

でもブログ書き始めてから、書いたテーマに関する話はスムーズに会話できるようになった。

相手の理解や興味も、聞いてもらってる姿を見て感じられる。話の説得力や重みが増した。

家族も会社の人とも、悩んでいれば瞑想や筋トレについて紹介したい気分になっている。素晴らしい知識をもっと共有したい。

軽度の人嫌いである私としては、驚き。

今まではやはり、インプットした情報が自分のものになっていなかったからだと思う。

インプットの量は、今までほとんど変化がない。特別増やした記憶もない。

でも以前は自分が興味のあることについてすら、自分なりの調査や考察をして結論を出すことをしていない。

だからその情報について、自分にとっての本当の魅力が分からない。自信をもって話せないし、話している最中でつまらなくなってしまう。

ブログを通してアウトプットすれば、情報に対して自分で調べ考察し結論を出す。

よってその情報が自分のものとして定着し、自分の中の引き出しが増えていく。

読者は10年前の自分

ブログを書く場合、読者対象はもちろん意識するべきです。

読者対象を意識することで、文章の構成、情報の正確性に気を付けるようになる。読者に行動を起こさせるための結論や、考察を考え抜くことになる。

ただペルソナ(重要な利用者モデル)を他人に設定するのは、私は難しいと思っている。

未だに中二病の余韻を引きずり続けている私。他人の頭の中が手に取るように分かる、なんて状況はまず起こらない。

だから、一番身近で良く分かっている自分自身を対象として書く。

みんな自分が好きでしょう。私もそう。自分が一番大事。

記事は過去の自分、10年前の自分を読者と想定して書く。

過去に自分が経験していることであれば、その時の状況が手に取るように分かるはず。また今となれば、過去の課題に対して解決法や改善策が少しでも身についているはず。

昔悩んでいたこと、知っていれば失敗や苦労しないですむこと。10年前の自分にアドバイスを送る形で記事を書いていく。

昔の大好きな自分への記事だから、的確に分かりやすく、ニーズに沿った形でアウトプットできるはず。

またそのブログは大好きな自分に似ている人に刺さる。そして、その人が抱えている問題を解決し、救える可能性をブログが持つことになる。

人を救うための行動をするのだから、そのことは必ず人の格を上げる要因になる。

ブログは、10年前の自分を読者として意識するだけで、人間力を大きく高めてくれるはず。

意識する対照は個人

人気者でもない人の個人情報なんて、誰も興味がない。

読者も想定していない日記を書くつもりなら、ブログにする必要はない。ノートにひっそり書いておけばよい。

逆にお金を稼ぐことを過度に意識して大衆に迎合したような文章を書くことも、自分を高める為には役に立たないと思っている。

情報に対する自分個人の解釈や、結論がないものは何の面白みもないし、見てもらえない。

似通った記事やブログで、埋もれてしまうだけ。

大衆の考えに寄せて記事を書くので、独自性も出ない。

自分としての考察を行わないので、自分の知識、知恵にならない。

ブログはどこかにいる「あなた」に見てもらい、行動してもらうために書くからこそ「あなた」の目を引く。

そしてその人がブログを見て行動した証として、お金が入ってくる。

大衆を動かそうとしても、狙いの範囲が大きすぎて誰も動かない。誰にも刺さらない。

また大衆向けに特化した、専業のセールスライティングに勝つのは難しい。最終的に目的を見失って、ブログやめてしまうのが結末。

ブログは続けないと何も得られない。継続のためにも、ブログを書くうえで意識する対象は個人とするべき。

自分を救うという目的を忘れず続ければハイリターン

情報を自分のものにするためには、アウトプットが必要。そのことを本で学んでから始めたこのブログ。

しんどい事も多い。だけど書いていくうちに解釈が深まったり、新しい結論が出てくる瞬間はやはり、たまらなく面白い。

「20歳の自分に受けさせたい文章講義」ではそれを改めて考察させてくれるきっかけとなったので、非常に感謝。

過去の自分に向けて記事を書く方法は、他の記事やTwitterでもよく見る。

この本が言いだしっぺなんでしょうかね。とにかく凄いアイデアだと思います。

自分が一番知っている自分だから、書きやすい。自分を救うつもりで記事を書けば、熱量込めて文章を書かざるを得ない。

ブログはノーリスクで始められて、得られるものが大きい。アウトプットの舞台としても、ハードルも低いので始めやすい。

でも稼げない、面倒くさい、という理由で辞めてしまう人が多い。非常に勿体ないです。

お金は二の次として、今の自分を高めて救うために過去の自分を救うつもりでブログを書けば、続けられるはず。

自分に似た境遇の人の役にも立つ。

そして続ければ、人間力を高めるというハイリターンが得られる。

興味持った人は是非、ブログ始めてみましょう。やっている人は、頑張って継続していきましょう。

 

ではまた。