自殺について

三浦春馬さんが亡くなりました。

世代が近いということもあって、あまり無視できません。ここ最近、どこか精神的な調子が狂っています。妻は私と同い年ですが、彼女は明らかに落ち込んでいます。直接話したことなんでもちろんありません。ただ情報や同業者の話から、彼の性格や雰囲気の良さがこの件の衝撃の大きさに少なからず影響していると思う。

私も近くで、自殺という事に直面したことがある。

  • 教員をしていた同級生が自殺した
  • 妻が鬱を患っている時に布を持って泣きながらドアにもたれかかっていた

私の場合、自殺した人ともう会えないということが辛くてしょうがない、という感情は小さいです。もちろん妻は別ですが。

それよりも、自殺を選ぶほど辛い状況であることを鑑みたり、その状態からどのように救うべきであったのかを考えると、何かできることがあったような気がしてとても辛い、というところ。

学ぶ、知る、ことで予防する

私にも死にたいと考える時期があった。大学生から結婚する前、19歳-24歳頃。

あの頃は視野も狭くて、学生時代はバンド、社会人になってからは仕事が自分の大半を縛っていた。でも気づいたら楽になっていた。サザエさん症候群もここ数年、感じていない。

貯金も増えて、仕事のいなし方も分かって、心のメンテナンス方法も上手くなって、どんどん楽になってきた感じがある。

仕事、恋愛、健康、家族、お金。私たちを縛ることはたくさんある。でも、縛られても動くことはできる。動くことが出来ないのは、動き方を知らないから。他の考え方を知らないから。

仕事はたくさんあるし、男女は星の数ほどいるし、少し努力すれば健康になれるし、家族が最悪なら逃げればいいし、お金は稼げばいい。

ドラマじゃないけど、逃げるのは恥ではない。逃げるのは生き抜くために必要な知恵、知識。そもそも生き方はいくらでもある。逃げたのではなくて、道を曲がっただけ。第一、いま自分がやっていることが最高に楽しくて、自分に最も合っているって誰が決めた?知らないだけでもっと楽に、楽しく過ごせるやり方を学ぶ必要がある。

私たちを縛るものは、私たちが動き方を知らない限り、どんどん縛り続ける。そのうち、息も出来なくなって生きることが難しくなってしまう。道をたくさん知っておくことは、生きていくための術。

死んだら終わり

いくら有名な偉人でも、死んだら終わり。終わらせるために自殺したんだろうけど、1週間・1ヶ月すれば皆忘れる。生活があるから。みんな生きていくから。

そしてその辛かった自分の感覚すら、自殺した本人はもう二度と感じることができない。なぜなら終わりにしたから。大仕事を成し遂げた充実感も、楽しかったパーティも、大失敗した悔しさも、最高のセックスも、しんみり感じる日常の幸せも、もう二度と戻ってこない。

みんなが色んな感情を持って過ごしている。みんなが当たり前に感じている感情自体が、自分からなくなってしまう。

肉の塊になってしまう。人間が感情を失って、肉の塊になる。これより辛い事あるだろうか。

生きるのが嫌になる、の前に、その感情を失う事の怖さを少し考えてほしい。今起きていることは、それよりも辛いのか?

 

書いてて飽きてきた。まとめる。

 

くっだらねぇ。阿保だと思う。死にたい奴は死ね。そんなに終わらせたいなら、明日からお前のこと忘れてやる。お前一人居なくなっても世界はグルグルまわる。

俺はぬくぬくと、逃げながら生きるぞ。その為にたくさん学んでやる。